突然ですが、皆さんは「仕事」をどのように捉えていますか?

ぼくの中では二つの捉え方があるとして大別しています。

・仕事=価値を創ること(=稼ぎ)
・仕事=勤めに出ること(=稼ぎ)


もちろん一人の人間がどちらかにはっきり分かれるわけではなく両方の要素が混ざり合っているとも思いますし、どちらの価値観の比重が大きいかによって仕事の捉え方も変わってくると思います。

「どちらが本質か」という議論に関しては説明するまでもなく前者。 理由は伝統的にそうだからで十分だと思います。 そして、この「価値」というものは自らの意思があって生み出されるもの。 「自ら仕事を創る」意識がなければ「価値」を出すことはできません。

ちなみに、自ら仕事を創る意識って今の国民のどのくらいが持っているんでしょう?

多分世代で差はあると思いますが、(ぼくも含めて)意識している人の方が感覚的に少ない気がします。

この原因を考えてみました。

「仕事は自ら創る」ことに触れる教育が無かった

大きな原因はこれだと思います。

これに関する一切の教育をぼくは受けてきませんでした。

家庭でも学校でも塾でもバイトでもです。

父が公務員という職に就いていたということも作用し、 ぼくの中では「仕事は自ら創る(=稼ぎ)」よりも「勤めに出ること(=稼ぎ)」という考えが色濃くいつの間にか根付いていました。

なんで教えてくれなかったのかなー?って思ってるんですけど、

元を辿ってはっきりしたのが、社会の求めている人が「仕事を自ら創る人ではなかった」ということなんです。

「自ら仕事を創る人」ではなく「優秀な勤め人」がいいとされる空気感。

戦後起こった急速な経済成長がこうした空気感を作りました。

これが「仕事は自ら創る」を消滅させた根源です。

そもそも、元来、仕事は自ら創っていたものです。

自分で創って工夫して、稼ぎと暮らしの帳尻が合うようにバランスをさせていました。

しかし、高度経済成長期を迎えると人間は効率や合理性を追い求めるようになり、いつの間にかそこには会社という巨大なシステムが出来上がり、そうした大企業へ勤めに出て終身雇用で仕事人生を終えることが良いという空気感が出来ました。

自ら仕事を工夫しようとすると波風が立つため、どんどん工夫をしなくなり、仕事を創ることがみんな苦手になってしまった。

こうして、社会に必要なのは「仕事を創る人」というよりも「優秀な勤め人」が良いとされたわけです。

この空気感が「仕事は創るもの」を意識の中から消滅させ、本質的には必要である教育の要素(これこそが教養)であるにもかかわらず、教えを受ける機会も必要でなくなった。

こういうことだと思うんです。

今まではこれで良かったんですよ。今まではね。

自ら仕事を創るという価値観を取り戻す

だけどこれからはそうじゃありません。

変にこびり付いた先入観からいち早く飛び抜ける必要があり、 そして「自ら仕事を創る」という価値観を取り戻すべきです。 

社会を取り巻く空気を変えるのは時間がかかるので自らの価値観から変えるんです。

なぜなら、今後の社会で評価されるのは「優秀な勤め人」ではなく「仕事を創る人」だからです。

多分、優秀なお勤めは「人口知能くん」が全てやります。

だから優秀なお勤め人は社会から必要なくなるんです。 必要なくなるって言うと言い過ぎに聞こえるので価値が下がるとでも言いましょうか。

・人口知能くんと協力して仕事を創れる人
・人口知能くんにはできない仕事を創れる人

このように仕事を創れる人がこれからの社会に求められます。

最後に

就職・転職もいいけど意識すべきは「創職」です。

いかに自分で仕事を創るという価値観を取り戻すか。

これが不確かな未来に舵を取るために必要な「思想」だと思っています。

「思想」を持つと以外とまだまだチャンスは広がっていることが自分でも良くわかかってきます。

既存のシステムの中で受ける仕事の量は減らして、ぼくはこれから仕事を創ることに励んでいきます。

みなさんも考えてみてはいかがでしょうか。

今日はこの辺で。

それではー!